Kumpei Hasebe, Kenichiro Itami, Hideto Ito*
Org. Lett. 2025, 27, 42, 11832–11836. DOI: 10.1021/acs.orglett.5c03654
ChemRxiv. Sep. 1st, 2025. DOI: 10.26434/chemrxiv-2025-lns30
Selected as a Supplementary Cover Art.
Published as part of Organic Letters special issue “π-Conjugated Molecules and Materials”.


論文詳細は下部のプレスリリースをご覧ください。

論文掲載とカバーピクチャー採択の先を見越してお祝いした時の写真(2025年9月、右:長谷部君)。カバーピクチャーは 名大高橋一誠博士作成。
-
長谷部 薫平
- NameKumpei Hasebe
- GenderMale
-
Country
Japan
この分子を取り扱っていて特に大変だったことが2つあります。まず、1つ目は溶解性です。実験をする上で溶解性の低下は毎回悩ましく、オリゴスピロ構造を伸長するごとに溶ける量が少なくなっていき、一度に作れる量が少なったり、分析をしようにも濃度が稼げずデータを得るのに苦労したり振り回されっぱなしでした。2つ目は研究の意義付けです。このポリスピレン分子合成のテーマはB4の頃から進めており、度々どのような形でこの分子を売り出していけばよいのだろうかと思い悩みました。このとってもカッコいい分子構造にどうにか+αで魅力的なキャラクターを見つけ出してやることができないか色んな物性測定を行ったり、文献を漁ったりしたなかで興味深いと見出したのが今回の「スピロ共役」の伸長という特徴でした。ベンゼン環を扱う研究室としてπ軌道の共役長を伸ばすことに眼が行きがちですが、近接した軌道間の相互作用同士を使って共役を伸ばすという考え方ができるのではないかとわかったときは目からウロコが落ちた気分でした。これからもあっと驚くような分子の特徴を開拓できるように研究を頑張りたいと思います!
-
伊藤 英人
- NameHideto Ito
- GenderMale
-
Country
Japan
スピロをオール炭化水素で1次元に繋げてみたい&1次元スピロ共役ってあるかな?そう思って開始したテーマです。合成方法はいたってシンプルで理論上無限に繰り返して伸長できますが、4スピロ中心までが限界でした(decabenzo[4]spirene)。溶解性の低さによる取り扱いの難しさで長谷部君はだいぶ大変だったと思います。巷で言うスピロ共役オリゴマー・ポリマーはπ共役ポリマー主鎖の周辺にスピロ骨格が接合されているものがほとんどで、スピロ共役だけで1次元上に連なった真の意味でのスピロ共役ポリマーはほとんど例がありません。唯一、3つのスピロケイ素中心をもつシラオリゴスピレン(sila-oligospirene)が櫻井らによって報告されています。40年以上も前にケイ素化学の大家の先生方が関連分子をすでに作られていることに脱帽ですが、今回炭素中心では初めての例であり、1次元に連なるスピロ中心をもつ分子としても一番長いものになります。理論上10スピロ中心くらいまでLUMOの安定化がみられ、1次元スピロ共役が有効であることもわかりました。分野的には、π共役が伸びて吸収も蛍光も長波長側にシフトしたほうがいい風潮があるように思いますが、本分子は化学的に安定で、HOMO–LUMOギャップが大きいながら、電荷輸送性もある有機材料になりうるのではないかと思っています。今後長谷部君がどのように研究を展開するか楽しみです。また、
ref: Sakurai, H.; Koyama, T.; Kira, M.; Hosomi, A.; Nakadaira, Y. Polyspiro Disilacyclohexadienes a Novel Series of Compounds Showing Spiroconjugation. Tetrahedron Lett. 1982, 23, 543– 546.
勝手にプレスリリース
炭化水素のみからなる新奇ポリスピレン分子の合成〜原子間の結合を介さない「スピロ共役」の伸長を示唆〜
【本研究のポイント】
・これまで合成されていなかった炭化水素のみからなる新奇ポリスピレン分子の合成。
・アントラキノンから3段階の反応経路の繰り返しによりポリスピロ構造伸長を実現。
・結合を介さない「スピロ共役」の伸長と光物性への影響を特定。
【研究概要】
名古屋大学大学院理学研究科の伊藤 英人 准教授、長谷部 薫平 博士後期課程学生らは、連続したスピロ骨格とスピロ共役をもつ全炭素ポリスピレン分子の合成に成功しました。ポリスピレン分子は、スピロ構造に隣接するπ軌道との空間的な重なりから生じる相互作用によるスピロ共役により結合を介さない共役の伸長が期待されてきましたが、その研究例は非常に限られていました。本研究では、すべて炭化水素骨格から構築されるポリスピレン分子「ポリベンゾ[n]スピレン」(n:一分子におけるスピロ構造の数)の合成、構造同定と光物性を調査しました。その結果、nが増加するごとにスピロ共役の伸長とLUMOエネルギー準位の低下が関与することで、蛍光スペクトルの長波長シフトが引き起こされることが分かりました。本研究は、炭化水素骨格からなる新奇ポリスピレン分子におけるスピロ共役の伸長を初めて報告した論文であり、通常のπ共役分子とは一線を画した性質をもつ電荷輸送材料候補として注目される可能性を秘めています。
本研究成果は、2025年10月11 日に米国化学会誌「Organic Letters」のオンライン速報版に掲載されました。また、Organic Letters誌特集号 “π-Conjugated Molecules and Materials”としても掲載されています。
【研究背景】
ベンゼン(注1)などは連続するp軌道間が相互作用することでπ結合(注2)を形成します。この繋がったπ結合間を電子が自由に移動する性質をもつ分子をπ共役分子と呼びます。これまで、ナノカーボン分子のような広いπ共役(注2)をもつ分子はユニークな光学的特性や半導体特性により、次世代有機電子材料への応用に期待が集まっていました。
その一方で、π共役以外にも原子間の結合を伴わなくとも、軌道間の空間的な重なりによる軌道間相互作用が共役に寄与することが知られています。中でも、スピロ骨格に隣接するπ軌道同士の軌道間相互作用(注3)として「スピロ共役」が提唱されていました(図1a)。これまで、1対のスピロ骨格をもつ分子に関するスピロ共役の性質は多数報告されていましたが、スピロ構造が連続したポリスピレン(注4)型分子において一次元上に連なるスピロ共役に関する報告例は非常に少ないものでした。その1つに1982年に櫻井らにより報告された、連続したスピロケイ素骨格を3つもつポリスピレン分子の合成があり、スピロ構造の数を増やすごとにスピロ共役が伸長することが吸収波長の長波長シフトなどにより示唆されていました(図1b)。しかしながら、炭化水素骨格においてはこれまでに検証されておらず、その性質の解明が求められていました。そこで、本研究では、そのような炭化水素のみで構成されるポリスピレン分子として「ポリベンゾ[n]スピレン」を設計し、その合成を通して連続するスピロ共役が構造物性に及ぼす影響を調査しました。実際、予備的な量子化学計算(注5)の結果では、炭素–炭素結合はケイ素–炭素結合より結合長が短いため、隣接する軌道間の距離も短くなることでより近接し、より効率的な相互作用とそれによる物性変化が得られることが考えられました。

図 1. (a) スピロ共役、(b) 一次元ポリスピロ共役をもつケイ素ポリスピレン分子、
(c) 本研究で合成した全炭素ポリスピレン分子
【研究内容】
本研究では、すべて炭化水素骨格から構築されるポリスピレン分子となる「ポリベンゾ[n]スピレン」(n:一分子におけるスピロ構造の数)についてn = 1–4の合成に成功しました(図2)。ポリベンゾ[n]スピレンは、アントラキノンを出発物質として、対応するアリールリチウム種を求核付加させ、得られた前駆体ジオールを分子内フリーデル・クラフツ反応によりスピロ環を構築により合成されました。さらに、得られたポリベンゾ[n]スピレンのベンジル位を酸化し、同様の反応を繰り返し適用することでポリスピロ骨格を伸長し、最大4スピロ構造をもつデカベンゾ[4]スピレンを合成しました。

図 2. (a) ポリベンゾ[n]スピレンの合成経路
さらに、各ポリベンゾ[n]スピレン(n = 1–4)の吸収・蛍光特性をジクロロメタン溶液中で測定したところ、nの増加に伴い特に蛍光ピーク波長が289 nm(n = 1)から298 nm (n = 4)まで徐々に長波長シフトすることがわかりました(図3a)。ポリベンゾ[n]スピレンについて量子化学計算(注5)による構造最適化と分子軌道、遷移挙動の予測を行いました。そこから、スピロ構造が増加(n が増加)するごとに、スピロ共役によりLUMO(注6)エネルギー準位が低下し、HOMO–LUMOギャップ(注6)が縮小することが求められました(図3b)。また、LUMOにおけるスピロ共役の効果により分子軌道が分子全体に拡がることから、スピロ共役の伸長に関連して吸収・蛍光波長が長波長シフトすることが示唆されました(図3c)。

図 3. (a)n = 1–4における蛍光スペクトル、(b) n = 1–9における軌道エネルギー図、
(c) n = 4におけるLUMO軌道 (isovalue = 0.02)
【成果の意義と今後の展望】
今回、本研究グループは炭化水素骨格から構築されるポリスピレン分子となる「ポリベンゾ[n]スピレン」の合成とその構造・物性の調査を行いました。それにより、連続したスピロ骨格におけるスピロ共役の伸長とそれに伴うHOMO–LUMOギャップが縮小と蛍光波長の長波長シフトが示されました。これは、原子間の結合を伴うπ共役より弱い軌道間相互作用とされる原子間の結合を介さないスピロ共役においても、その構造の連続により共役を伸長させることが可能であることを実験・理論の両面から示唆する結果となりました。今後、スピロ共役のより効率的な伸長のための構造検討やデバイス応用に向けた特性評価を指向した研究の加速が期待されます。通常のπ共役分子とは一線を画した剛直性と強靭性を兼ね備えたポリスピレン分子は高耐久性有機電子材料候補として注目される可能性を秘めています。
【用語説明】
注1)ベンゼン:
炭素原子 6 個と水素原子6個からなる正六角形の分子構造。一般的にこの分子の環構造単位はベンゼン環と呼ばれる。
注2)π結合・π共役:
2つの原子に存在するp軌道同士による結合をπ結合とよぶ。π結合はさらに隣接しているπ結合同士が繋がることでその結合間で電子が非局在化され、この現象をπ共役とよぶ。
注3)軌道間相互作用:
分子軌道は各々正または負の位相をもっている。分子軌道同士が接近するとこの位相に応じて相互作用が生じ、同じ位相同士であれば分子軌道エネルギーの安定化、違う位相同士であれば分子軌道エネルギーの不安定化をともなった新たな分子軌道を形成する。このような軌道同士の接近により起こる相互作用全般を軌道間相互作用とよぶ。
注4)ポリスピレン:
2つの環が1つの原子を共有して繋がる分子の構造をスピロ構造とよぶ。このうち、1つの分子に複数のスピロ構造をもつ分子でかつ二重結合をもつものをpoly(多数の)+spiro(スピロ)+ene(二重結合をもつ分子の接尾辞)からポリスピレン(polyspirene)とよぶ。
注5)量子化学計算:
量子力学におけるシュレディンガー方程式に基づいて、原子・分子内の電子挙動を計算するものを量子化学計算とよぶ。
注6)HOMO・LUMO:HOMOは最高被占軌道、LUMOは最低空軌道のこと。軌道は分子軌道であり、各分子軌道はエネルギーの低い軌道から順に電子で満たされている。このうち、最もエネルギーの高い閉殻軌道がHOMO、電子に占有されない軌道の内最もエネルギーが低い軌道がLUMOとなる。

